「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け

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Episode.14

「福島はオリンピックの復興PRに使われた」映画『劇場版 ナオト、いまもひとりっきり』

中村真夕監督インタビュー

SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。

父親である福井県出身の詩人、正津勉に連れられて小さな頃から若狭湾で泳いでいた中村真夕監督は、海岸沿いにそびえ建つ原発の姿を昔から不気味に感じていたという。父の故郷の福井県には原発が15基もあり、原発が10基あった福島で起きた東日本大震災は中村監督にとって他人事とは思えなかった。フィクション映画だけでなく、ドキュメンタリーも制作する彼女は震災のテレビ番組を作っているなか、ひとりの男、ナオトさんのことを知る。

原発事故による全町避難で無⼈地帯となった福島県富岡町にひとりで暮らすナオトさんは、原発事故以来、捨てられた動物たちの世話をずっと続けている。ナオトさんと出会った2013年から10年近く、中村監督は彼の孤独な闘いを追いドキュメンタリーを2本制作。1本目は2015年に発表した『ナオトひとりっきり』と2本目が2月25日に公開される『劇場版 ナオト、いまもひとりっきり』だ。

東日本大震災の発生前、日本には54基の原発があった。現時点で再稼働しているのは4基だが、世界的なエネルギー高騰のため、「原発やむなし」の空気が広がり始めている。この空気をナオトさんはどう思っているのだろうかーー。中村真夕監督に、ナオトさんから見えてきた、福島のリアルな姿について話を聞いた。

■日本のメディアが取り上げない、ナオトさんとは?

ーーナオトさんのことを知ったのは海外のメディアを通してだったそうですね。

中村真夕監督(以下、中村監督):はい。東日本大震災の番組を作るために色々リサーチしていくなかで、海外のメディアを通してナオトさんのことを知りました。でも、なんで彼のことを日本のメディアが取り上げていないのだろうと不思議に思ったんです。そうして、日本のテレビ番組にナオトさんを撮影したいと伝えたら、私に健康被害が起きても責任が取れないと企画を却下されたんですよね。「だったらひとりで撮影をしてやる!」とひとりで行ったんですが(笑)。

ーーなるほど。それは3.11が起きた2年後の2013年ですよね。でも海外のメディアはナオトさんを取材していたし、監督がナオトさんを訪れていたときも若い日本人の記者が何人もいたとか。

中村監督:はい。日本のメディアも取材に来ていましたが、実際に番組化や記事化されたのはほとんどなかったとナオトさんから聞きました。ナオトさんはきちんと許可をもらって避難区域に住んでいたので違法ではありませんでしたが、みんなが避難しているのに、彼だけが残っている。そんな人をメディアで取り上げるのは社会的にマズいんじゃないかという同調圧力がメディア内にあったのかもしれません。

ーーナオトさんは、どんな方なのでしょう?

中村監督:どこか人間離れした人ですね(笑)。ナオトさんと動物たちを撮っていると”動物ドキュメンタリー”を撮っているような気がしたぐらい(笑)。彼はいま60代前半なのですが、地方の高度成長期やバブルを体験してきた人でした。高校を卒業して土建業に入り、会社も経営していたんです。バブル時代は羽振りがよかったのですが、バブルの終焉とともに事業も立ち行かなくなり、当時住んでいた埼玉県から両親の住む福島県富岡町に戻って来て、土木業や溶接業を営んでいました。妻子もありましたが、離婚。そして、東日本震災が起こり、彼の両親は姉の住む県外へ避難。そのときに彼も避難施設を見に行ったそうですが、自分には合わないと富岡町に残ると決めたそうです。

■動物愛護者とは違う、福島のクロコダイルダンディー

ーーナオトさんは取り残されたペットや家畜の面倒を見るために残ったわけではないのですか?

中村監督:私はナオトさんを「福島のクロコダイルダンディー」と呼んでいます(笑)。海外メディアは、ナオトさんが動物愛護の観点から富岡町に残ったという美談で報じていますが、そうではないんじゃないかな。いわゆる、都会の人が考える「ペットは家族の一員」という感覚ではない。富岡町に残っていたら、たまたま残された家畜やペットの世話を始めていった。そのうちに彼らを見放せなくなったんだと思います。

とはいえ、彼は家畜を”汚染物”として見る政府に大きな憤りを感じていて、2011年には東電へ泊り込みで抗議をしに行ったと聞いています。また、ナオトさんのことを聞きつけた農林水産省の人が「お世話が大変ならいつでも殺処分しますよ」と言ってきたときにも、ひどく怒っていましたね。

ナオトさんの信念は、人間が家畜を食べ物として”いただく”のはしょうがないけれど、放射能で汚染されたから”殺す”、あるいは、”見放す”のは間違っているというもの。事実、2012年に家畜の殺処分命令が政府から下されましたが、殺処分されなくても、畜舎につながれたまま餓死した家畜もいました。ナオトさんが世話をしているのは、避難した住民に委ねられた動物を除き、殺すのは可哀そうだと飼い主に解き放たれて放置されていた家畜やペットです。

ーー動物愛護活動家はそういった動物たちを救済に来なかったのでしょうか?

中村監督:犬や猫などを中心としたペットを救済に来た人たちはいました。ただ、牛や馬となると輸送から飼育まで本当に難しいので、救済を試みましたが、途中で挫折するケースもありました。

■世話をしていた動物もたくさん死んでしまった……

ーーそういえば、前作に登場していた2匹のダチョウが今作に登場していないのはなぜでしょう?

中村監督:2匹とも死んでしまったんです。あの2匹はもともと福島第一原発がある大熊町のダチョウ園で飼われていました。「少しのエサで大きく育つダチョウのように、小さなウランで大きな電力が得られる原発」というキャッチコピーで以前、福島第一原発の敷地でもダチョウが飼われていたことがあると聞きました。ダチョウ園に残された30匹のうち、10匹が脱走し、その2匹が住宅街でさまよっているのをナオトさんが軽トラに乗せて家に連れて来たらしいんです。あんな住宅街にダチョウがいるなんてシュールというかSF映画みたい。でも、ナオトさんがお世話をしていた猫たちもどこかへ行ってしまい、牛やポニーもたくさん死んでしまいました。新しく生まれた子たちもいますが、だいぶ数は減ってしまったようです。

ーーそもそもダチョウをどうやって軽トラに乗せたのでしょう。クロコダイルダンディーじゃないとできなかったのかも。さて、映画の前半は富岡町や動物たちのおだやかな風景が映し出されますが、後半から政治色が増してきます。

中村監督:意図的に政治のテイストにしたわけでなく、自然にああいうふうになっていったんです。当初、オリンピック前にこの映画をまとめようと思っていました。しかし、10年前の夏、ナオトさんと一緒にテレビを見ていたときにちょうど東京オリンピックの開催が決まったことを知りました。そのときに、「ああ、オリンピックの影で俺たち(福島)のことは忘れられるね」と言ったナオトさんの言葉にハッとしたんです。その言葉を確かめたくてオリンピックが終わるまでナオトさんを追いかけました。

■復興バブルで得をしている人とは?

ーー富岡町の美しい桜の名所である「夜の森桜トンネル」と、除染された土が詰め込まれた黒いフレコンバッグが対照的でした。自然の美しさと不気味な黒い袋に強烈な違和感を覚えました。

中村監督:2011年に月に富岡町は警戒区域となり、町⺠全員が家を追われました。2013年3月、政府は警戒区域の見直しを行い、それでも、富岡町の大部分は「帰還困難区域」だったんです。その後、オリンピック開催が決まり、2015年ごろから急ピッチで除染作業が進められました。海岸沿いが無数の不気味な黒いフレコンバックで埋め尽くされて、巨大な焼却炉が建てられました。

でも、フレコンバックは多すぎて全部焼却できないんです。現在、フレコンバッグは双葉と大熊にある中間貯蔵施設に移動されたと聞きましたが、フレコンバックに入っている土をさらにクリーンにして、再生利用する研究が行われています。しかも、それをまた農業に使おうという動きもあるんですよ!

実は、こういった汚染物は福島県外に移送されるという取り決めですが、行先もまだ決まっていません。放射能汚染物の対処も決まっていないのに、オリンピックのために「帰還困難区域」にあった富岡町駅や夜ノ森駅が再建され、駅に⾏く道だけが開通されたんです。無理やり道を通すがために、一部だけ帰還困難解除になったみたい……。

ーーでも福島ではオリンピックの聖火リレーもありましたよね?

中村監督:オリンピックの聖火リレーなどさまざまなセレモニーも開催されましたが、そこに来ていた人々はメディアと警察だけだったんですよね。そもそも帰還困難解除になっても、住民は帰還していないんですよ。それなのに、誰も使わない駅や学校を作り、道も作った。あたかも五輪復興のPRみたいに。

ーー富岡町は小学校と中学校も2018年に建てられたと聞きましたが、若い家族は戻って来ていないのですね。帰還困難区域が解除された地域には、誰が住んでいるのですか?

中村監督:高齢者か、建設か廃炉の作業に出稼ぎに来ている人たちばかりです。ビジネスホテルやウィークリーマンションなどに泊まっている車のナンバープレートを見ると、北は北海道から南は沖縄までさまざま。いま、福島は復興バブルなんです。

ーーーー福島の地元に復興バブルのお金は還元されていないのでしょうか?

中村監督:福島で建設をしている会社の名前を見ると鹿島建設や三菱重工など東京の大企業ばかり。復興バブルだからといって、福島の地元にお金は落ちていないようです。私たちの復興税は、福島の人々ではなく、大企業に費やされているのではないでしょうか。

■みんな福島を忘れようとしている

ーー今作では前作と違い、メディアの取材が減ったと聞きました。

中村監督:「いまは原発再稼働の方向へ社会が動いているから、取り上げられない」と実際にメディアの方に聞きました。東日本大震災が起きてからまだたったの12年しか経っていないのに、みんなもう忘れようとしている……。ナオトさんが言った「福島は忘れられる」という言葉をいま噛みしめています。

ーー映画の最後に、ナオトさんと富岡町に帰還した半⾕さん夫婦に「原発事故から10年経って、今、何を思いますか?」と監督が尋ねると、彼らから衝撃の言葉が返ってきますね。

中村監督:はい。福島がまだ終わらない状況が続いているなか、この映画をまとめることに正直、罪悪感を覚えました。そして、ナオトさんと半⾕さんたちの答えには私も驚きました。これはぜひ観客の皆さんに確かめてもらい、考えて欲しいと思います。

2⽉ 25 ⽇(⼟)より渋谷イメージフォーラムにてロードショー 出演:松村直登、松村代祐、半⾕信⼀、半⾕トシ⼦、富岡町の動物たち 撮影:中村真⼣、辻智彦 編集:清野英樹 監督:中村真⼣ 製作・編集協⼒ ⼭上徹⼆郎 製作・配給:Omphalos Pictures, Siglo 配給・宣伝協⼒:ALFAZBET

2023.2.25 UP

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Waka Konohana
映画ジャーナリスト、セクシュアリティ・ジャーナリスト。⼿がけた取材にライアン・ゴズリング、ヒュー・ ジャックマン、ギレルモ・デル・トロ監督、アン・リー監督など多数。
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