「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け
MOVIE- 知ることにより変わる・変えられる-
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SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な 映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。
現在のキャスティングを作った実在の女性マリオン・ドハティの半生を描いたドキュメンタリー『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』が4月2日(土)に公開された。2012年にアメリカで公開された本作は、その後、映画芸術科学アカデミー(米アカデミー賞)や英国アカデミー賞にも影響を与えた。2013年、映画芸術科学アカデミーにはキャスティング支部が作られて、キャスティング・ディレクターが一般会員ではなく専門職として会員権をもてるようになったのだ。そして、2019年には英国アカデミー賞がキャスティング部門を新設し、キャスティング・ディレクターも受賞できることとなっている。長年埋もれた存在であったキャスティング・ディレクターに光をあてた本作の見どころを紹介したい。
1920年代から1950年代まで「スタジオ・システム」と呼ばれたハリウッドでは、映画会社が雇用している自社スターを映画の役柄とのマッチングを深く考慮せずにキャスティングしていた。「スタジオ・システム」時代には、大手映画会社は製作・劇場・上映の所有権を独占しており、映画を大量生産するためにこういった簡易的なキャスティングがなされていた。
ところが1948年、「パラマウント判決」によりこの独占状態が違法となり、映画会社から劇場は切り離された。同時に、テレビの台頭で劇場動員数も劇的に減っていた。もはや、映画会社はスターの雇用を維持するための利益を獲得することができなくなっていたのだ。加えて、外国映画やインディペンデントの映画人もアメリカ市場に参入し、50年代半ばにスタジオ・システムは崩壊した。
この頃にマリオン・ドハティはキャスティングを始めたという。元俳優志望の彼女はテレビでキャスティングの仕事をするようになり、新しいキャスティングの道を開拓していった。当時NYに住んでいた彼女は、NYで大旋風を巻き起こしていた「アクターズ・スタジオ」の俳優をキャスティングしていったのだ。
なかでも印象的なドハティの配役は、リチャード・ドナー監督の『リーサル・ウェポン』(1987)だ。メル・ギブソンとダニー・グローバーの凸凹刑事コンビが殺人事件を解決していくというバディ・ムービーである。この映画が大ヒットした大きな理由に、自殺願望をもった狂気の白人刑事とマイホームパパの黒人刑事という、人種的にも性格的にも正反対な男性が友情を結んでいく過程にあるが、ダニー・グローバーが演じたキャラクターは黒人だと脚本では設定されていなかった。ドハティがドナー監督にダニー・グローバーを提案したとき、ドナー監督は驚いたという。なぜなら、監督の脳内では白人が想定されていたからだ。ドナー監督はこのとき、脚本や原作に人種設定がない限り、主要キャラクターは白人が演じるものだという自分の”無自覚な偏見”に気がついたそうである。
まだ多様性の概念が浸透していない80年代後半のハリウッドで、ドハティの先見の明、そして、ドナー監督と対等に交渉した勇気に驚く。
ドハティが多様性を意識していたのは、彼女自身が女性というマイノリティだったからかもしれない。1923年生まれの彼女は至るところで女性差別を経験してきただろう。ジェンダーバイアスを経験していたからこそ、人種バイアスにも敏感になれたのではないだろうかーー。
そういった経験のせいか、ドハティは自社スタッフを全員女性にし、自分のメソッドを教え込んで後継者を育てていった。ドハティは部下の自主性を尊重し自由な裁量を与えることにより、彼女たちを育成したという。実際に彼女に育てられたキャスティング・ディレクターたちは現在のハリウッドで大活躍している。
50年代後半から60年代前半までテレビのキャスティングを手掛けていたドハティは、大手映画会社からのオファーを受ける。そうして、60年代前半から1997年まで、意表をつく繊細なキャスティングで『明日に向かって撃て!』(1969)、『真夜中のカウボーイ』(1969)、『ダーティハリー』(1971)、『華麗なるギャツビー』(1974)、『グリース』(1978)、『ガープの世界』(1982)、『バットマン』(1989)や『陰謀のセオリー』(1997)など名作を打ち出していった。
アメリカで2012年に公開されて10年経った今年、日本で公開されることになった『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』。本作を日本で配給するテレビマンユニオンの大野留美氏は、この映画が”いま”公開されることについてこう語る。
「ハーヴェイ・ワインスタインのようにキャスティング権を使った性暴力事件をきっかけに起こった#Metoo、#OscarsSoWhiteで表面化したアカデミー賞の白人偏重、改善しない脚本作りや配役の問題、映画界以外における女性の職業問題など…この10年の間に”要変革”な事案を目にする度に思い出したのが、この映画でした。ドキュメンタリーは時代性が大事なジャンルですが、この映画はそういう”要変革”の声が大きくなる前に制作された作品です。
監督たちも出演者たちも、マリオン・ドハティが長いキャリアで経験した企業の壁や女性蔑視などよりも、シンプルに”正当に評価されるべき彼女の仕事を讃える”に注力してこの映画を完成させました。だからこそ、10年経っても時代遅れと感じずに楽しめ、かつ、当時より10年経ったいま見る観客の方がいろいろな解釈や問題意識を自然と見つけられる映画ではないかと思い、今回配給することにしました」
キャスティングを通して”ハリウッドの顔”を変えた女性マリオン・ドハティ。キャスティング・ディレクターが少しずつ認められるようになってきた近年の変化を、生前の彼女に見てほしかったと多くの映画関係者が悔やんでいる。
2022.04.07 UP