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Episode.10

「誰が暴力の正当性をもつのか?
「黄色いベスト運動」を議論したドキュメンタリー
『暴力をめぐる対話』が問いかけるもの

SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な 映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。

「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くという決意を示していく」と安倍晋三元首相の国葬を推し進めた岸田文雄総理のこの言葉に違和感を覚えた人も多いだろう。安倍元首相が暴力の糾弾に倒れたことには間違いがないが、民主主義と暴力を対極に語った岸田総理の言葉は、民主主義国家を無条件に”非暴力”的だとみなす。果たして民主主義国家は非暴力的なのかーー。 答えは、否、である。多くの民主主義国家は戦争を起こし、マイノリティの権利を剥奪している。とりわけ近年、世界各地の警察が無抵抗な市民に暴力を振るっている事実が可視化された。有名な事例ではアメリカで「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動に発展した白人警官による黒人への暴力や、フランスで2018年から定期的に続いている「黄色いベスト運動」だ。

ただいま公開中の『暴力をめぐる対話』は「黄色いベスト運動」で起きた暴力の正当性を”議論”したドキュメンタリーだ。傷を負った市民や警察関係者、弁護士、社会学者、心理セラピストほか24名にデモの現場を映した数多の記録映像を見せて対話をさせながら、”正義”と呼ばれる国家の「暴力」を考究する。しかも、この24名の人物紹介がないまま議論は展開されるから、どういった立場の人々が発言しているのかエンドロールを見るまで観客には分からない。先入観をなくして純粋な議論に挑戦しているようである。

黄色いベスト運動

2018年から2019年にかけて筆者がパリへ訪れたときに、「黄色いベスト運動」に何回か出くわした。黄色いベストを着た多様な人々が旗をもち歌いながらデモ行進する様子は、さながら革命のようであった。警察の暴力は目撃しなかったが、筆者が見たデモ参加者は何の武器も持っておらず、暴力的には見えなかった。にもかかわらず、2018年から2020年にかけてデモ参加者の2,495人が負傷、27人が片目を失明、5人が手を失ったという。(※1)

「黄色いベスト運動」は、2019年から燃料税を上げると決めたフィリップ首相(当時)への抗議として2018年11月にネット署名から始まった。86万人ほどの署名が集まり、以降3年間にわたり、毎週土曜日にはデモが行われている。第一回目のデモでは30万人以上もが集結し、第二次世界大戦以降、最長で続く抗議活動だという。現在、「黄色いベスト運動」の目的は、「燃料税の削減」「富裕層に対する連帯税の再導入」、「最低賃金の引き上げ」や「マクロン大統領の辞任」だと考えられている。

そしてここ数年、「黄色いベスト運動」の一部は過激化されたとされ、フランスの警察や機動隊銃はゴム弾や手りゅう弾をもたないデモ隊に使用して大きく批判されている。しかし、マクロン大統領はデモに一定の理解を示しながらも「暴徒には屈しない」「政策に変更はない」と述べている。

「警察の暴力」をデータベースにし、”議論”にしたダヴィッド・デュフレーヌ 監督

本作を監督したのはドキュメンタリー作家・ジャーナリストでもあるダヴィッド・デュフレーヌ。デュフレーヌ監督はフランスの「黄色いベスト運動」に対する警察の暴力事件を追跡するデータベース「Allo, place Beauvau」(https://sigmaawards.org/allo-place-beauvau/)を立ち上げている。

警察の暴力事件はデュフレーヌ監督のTwitterアカウントに報告され、それが自動的にデータベースに統合され、グラフや図で分かりやすくデータビジュアライゼーションされるという。その後、写真、ビデオ、診断書、苦情などが文書化されて、デュフレーヌ監督が創設チームの一員でもある調査オンライン仏新聞『メディアパール(Mediapart)』で公開されるそうだ。

このデータベース「Allo, place Beauvau」に積み重ねられて来た”事実”を、様々な視点からなる”議論”にしたのが『暴力をめぐる対話』だ。今作は、主にスマホ動画を寄せ集めて積み上げた映像から成り立っている。実際にデモに参加した人々が撮影した”生の映像”が多く含まれているが、デュフレーヌ監督はこれらの撮影者を何ヶ月もかけて探し、映像の信憑性を検証した。そうして、クレジットを入れて撮影者に正当な使用料を払っているという。劇中の生映像のうち95%は出所と日付がはっきりしているほどだ。(※2)

観客のひとりひとりが”暴力”を目撃、経験し、そして議論する

正直言うと、こういった生映像の多くが暴力的なシーンや乱暴なカメラの動きのショットなのでつらくなる観客もいるかもしれない。けれども、デュフレーヌ監督によるとこれは意図的なアプローチだったという。

「観客は映像のなか、時に衝突が生じるデモの真ん中に身を置くことになります。(中略)目的は観客に不快な思いをさせることではなく、極端に過酷な暴力、突然で、無差別で、不当な暴力の性質を認識してもらうことです。取り上げているのは襲撃された人々、殺された人々、傷つけられた体です。観客が座席に座って、たとえ映画の間だけでもこの暴力を感じてくれればそれでいい。それが映画です。そしてそれは現実なのです。ほとんどのシーンはカットせず、長さも変えず、ワンシーン・ワンカットになっています。現実の共有という側面を強めるためです」(ダヴィッド・デュフレーヌ監督 ※1)

さらに、デュフレーヌ監督は斬新な演出を加えた。映画内で、これらの生映像をスクリーンに映し出し、様々な人々に映像を分析・考察させたのだ。とりわけ、暴力の被害者と加害側が自分たちの体験を追体験して議論する様子は衝撃だ。片目を失明したデモ参加者がその瞬間を映像で見て、映画内で自分の経験について議論するのである。観客は現場の暴力を追体験するだけでなく、その暴力を受けた被害者の”現在の思い”まで追体験する構成になっていて、非常に画期的だと言えるだろう。まさに、観客のひとりひとりが暴力を目撃し、経験し、そして議論に加わっている気がするからだ。

警察の暴力 vs 警察に対する暴力

また興味深いのは、「警察によるデモ隊への暴力」が「デモ隊による警察への暴力」の映像と”対”になっていることだ。このような真逆の視点の映像を通して、マックス・ヴェーバーの有名な言葉「国家は物理的暴力の合法的使用を独占する」が探究される。社会の秩序を守るためなら国家の暴力は正義と呼べるのかーー。デモに違法性の暴力が”疑われた”なら、警察の暴力は合法になるのかーー。

デュフレーヌ監督は一部のデモ隊が暴力的であることを認めるが、デモ隊の暴力についてこう語る。

「作家のアラン・ダマジオは映画のなかで、私たちの社会では、経済的、社会的、政治的な見えない暴力が存在することを指摘しています。そしてこの暴力が目に見えぬまま拡散し、一部のデモ隊の暴力行為を誘発しているのです」(※1)

つまり、デモ隊に加わる労働者はシャンゼリゼ通りにある高級店の窓を割ることで、”不平等に分配された富”の破片を一瞬でも所有したかったのかもしれない。監督はこう続ける。

「(デモ隊による暴力は)30年前からの経緯が”背景”なのです。この暴力のメカニズムがどこから来ているかを理解するために、距離をとっているのがこの映画です」(※1)

奇しくも、この映画が本国で公開された2020年、フランス議会は警察の活動を記録した映像の流通を犯罪とする「治安維持法案」を可決した。これは警察を守るために作られたものだと考えられている。果たしてこれはフランスだけの問題だろうかーー。日本では警察が市民に暴力をふるう事例はあまり可視化されていないが、国家のもつ“見えない”暴力は様々なカタチで存在していると思う。民主主義や国家の暴力性について私たちはもっと対話していかなくてはいけないのではないだろうか。



<公開表記> 暴力をめぐる対話
(原題:Un pays qui se tient sage/英題:The Monopoly of Violence) 2020|フランス|ドキュメンタリー|DCP|93 分
© Le Bureau – Jour2Fête – 2020

【参考】
※1 『暴力をめぐる対話』プレス資料
※2 Sigma Awards – Allô place Beauvau https://sigmaawards.org/allo-place-beauvau/

2022.10.11 UP

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Waka Konohana
映画ジャーナリスト、セクシュアリティ・ジャーナリスト、⽶ACS 認定セックス・エデュケーター。⼿がけた取材にライアン・ゴズリング、ヒュー・ ジャックマン、ギレルモ・デル・トロ監督、アン・リー監督など多数。
主な連載にFRaU Web#みんなセックスレス #夫婦同姓の苦しみ など。欧⽶の映画製作にも携わる。
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