「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け

MOVIE- 知ることにより変わる・変えられる-

「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け

Episode.13

娘を誘拐された普通の母親が犯罪組織と対決した……メキシコで起きた実話『母の聖戦』

テオドラ・アナ・ミハイ監督インタビュー

SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な 映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。

年間約6万件(推定)の誘拐事件が発生するメキシコ。麻薬カルテルを含めた様々な犯罪組織が営利目的に一般の市民を誘拐している。だが、メキシコ当局は市民を助けようとしない上に、犯罪組織の人間もまた市民に紛れ込んでいるので被害者家族は誘拐犯の言いなりになるしかないという。

この恐るべきメキシコの現状を描いた社会派映画『母の聖戦』が1月20日に公開される。メキシコで3年間娘を探し続けた後、反誘拐ビジネスの活動家になった実在の女性ミリアム・ロドリゲス・マルティネスを主人公に描いた作品だ。(映画はミリアムさん以外の当事者の体験も交えたフィクションなので、ミリアムさんは”シエロ”と設定されている)

本作が非常に興味深いのは、”普通の母親”が犯罪組織を追い詰めていく緊迫したスリリングな展開に加え、被害者だった彼女が暴力に取り込まれていくさまである。プロデューサーに現代ヨーロッパ映画界を代表する名匠ダルデンヌ兄弟をはじめ、『4ヶ月、3週と2日』のクリスティアン・ムンジウ、そして『或る終焉』『ニュー・オーダー』で知られるメキシコの俊英ミシェル・フランコらが名を連ねた本作は、ワールドプレミアとなった第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で勇気賞を受賞し、第34回東京国際映画祭では審査委員特別賞を受賞した。

本作で劇映画デビューしたテオドラ・アナ・ミハイ監督に制作の背景について話を聞いた。


■『母の聖戦』STORY

メキシコ北部の町で暮らすシングルマザー、シエロのひとり娘である十代の少女ラウラが犯罪組織に誘拐された。冷酷な脅迫者の要求に従い、20万ペソの身代金を支払っても、ラウラは帰ってこない。警察に相談しても相手にしてもらえないシエロは、自力で娘を取り戻すことを胸に誓い、犯罪組織の調査に乗り出す。そのさなか、軍のパトロール部隊を率いるラマルケ中尉と協力関係を結び、組織に関する情報を提供したシエロは、誘拐ビジネスの闇の血生臭い実態を目の当たりにしていく。人生観が一変するほどのおぞましい経験に打ち震えながらも、行方知れずの最愛の娘を捜し続け るシエロは、いかなる真実をたぐり寄せるのか……。

■「母の日」に犯罪組織に暗殺された実在の母

ーーなぜ、この映画を撮ろうと思ったのですか?

テオドラ・アナ・ミハイ監督(以下、ミハイ監督):シエロのモデルとなったミリアム・ロドリゲス・マルティネスに2015年に会いました。普通の50代の優しそうなお母さんに見えるのに、彼女が自分の体験を語る言葉に暴力が満ちていることに驚いたんです。彼女は銃を身につけていて「毎朝起きるたびに、この拳銃で自殺するか、人を撃ちたいと思う」と話していました。これほど優し気な普通の女性になぜこのような暴力性が生まれたのか。それを理解したいと思い、映画化を切望しました。

ーー2015年当時、ミリアムさんは有名だったのでしょうか?

ミハイ監督:いいえ。当時彼女はそこまで有名でなく、私が外国人だったから心を開いてくれました。ローカルのジャーナリストを信用できなかったのかもしれません。とにかく、彼女はメキシコの現状が国際的に知られることを望んでいました。

■犯罪組織がほかの組織や個人に外注し、本当の犯人が分からない

ーー犯罪組織がほかの組織や個人に誘拐を外注するなど、非常に複雑で本当の犯人が誰か分からないというメキシコの現状に驚きました。メキシコでは年間6万件も誘拐事件が起こっているようですが、なぜ警察は誘拐の背後に麻薬カルテルなどの犯罪組織が複数あることを知りながら、何もしないのでしょうか?

ミハイ監督:シエロだけでなく誘拐の被害者たちにも取材して色々な証言を聞きましたが、メキシコの警察、軍隊や司法は力がなく麻痺した状態。警察、軍隊と司法も対立していたり、当局のなかに賄賂が横行していたり、犯罪組織と密接につながっている市民もいたり、単純に人員不足であったり……実に様々な要因が絡んでいるようです。

ーー実際の誘拐の被害者家族はミリアムさんのように自分で調査を進めるのですか?

ミハイ監督:はい。本当に、実在のミリアムに起こったようなことが起きているんですよ。ミリアムは事件後、誘拐ビジネスに抵抗する活動家として有名になったがゆえに、シンボリックな”母の日”を選んで殺されてしまいました。市民を守るべき当局がまったく機能しないと、シエロのように自分で問題を解決するしかない。あるいは、解決しようと試みるしかない。でもそれは、それだけ自分の身を危険にさらすことなんです。

肉体的な暴力だけでなく、”暴力の連鎖”に自分を委ねてしまい、自分自身のなかにも暴力が生まれてしまうことにもなります。だからこそ、脚本を書く段階から気をつけたのは、登場人物を”善悪”で描かないこと。シエロは目的のために暴力を辞さなくなっていき、彼女の行動はどんどんグレーになっていく。でも私たちは人間を単純な善悪でジャッジできるでしょうか?

ーー愛が暴力を招くという矛盾が印象的でした。

ミハイ監督:この物語は私が数々の証言を得て映し出したダークな現実。悲観的な社会ですが、同時に、ミリアムの力強さ、そして、レジリエンス(困難で脅威を与える状況にもかかわらず、うまく適応する過程や能力。精神的回復力)も映し出したかった。ミリアムはそういう能力をもった女性だということを伝えたかったんですよね。

■チャウシェスク政権を逃れたテオドラ・アナ・ミハイ監督の生い立ち

ーー監督は7歳のときに、ニコラエ・チャウシェスク政権を逃れてご両親がベルギーに移住されたと聞きました。しかし、子供だった監督はご両親の人質としてルーマニア政府により国内にしばらく止め置かれていたとか。そういった監督の生い立ちを知ると、この原題『La Civil(市民)』が非常に意味深に思えます。

ミハイ監督:このタイトルはメタファーです。中米、特にメキシコで多発している行方不明事件に関して、一般”市民”が自分で解決をしなくてはいけないことを示唆しています。そして、私の生い立ちも、この映画を作るという動機にどこかで影響しているでしょう。当時のルーマニア当局は市民の味方になり得なかったですし、親戚や友人のなかにも秘密警察が紛れ込んでいて誰も信用することができませんでした。異なる派閥のカルテルが市民に紛れ込んでいるというメキシコと、当時のルーマニアは似ています。実際にメキシコで取材中も、私はどこか”既視感”を覚えていたんですよね。やはり、私の個人的な経験もこの映画に大きく影響していると思います。

ーーラストシーンはあえて余白を残していますよね。なぜでしょう?

ミハイ監督:ラストは観客の皆さんの解釈に任せたいと思いますが、私がリサーチするなかで”殺された”はずの人がお葬式も終わった後にひょっこりと帰って来たケースもありました。警察が遺骨のDNA検査をしたと被害者家族に嘘を言ったんです。

ーーこの映画が社会にどのような影響を与えると思いますか?

ミハイ監督:私は政治家でも活動家でもなく、映画作家です。社会に何か変化を与える、あるいは、社会にとって大事なテーマを語ることを通して問題提起していきたい。小さくても映画を通して問題提起をするのが、私のできる社会貢献だと思うし、私の映画をきっかけに議論の場が生まれてほしい。その結果、変化が起こればいいなと思っています。

2023年1月20日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー © MENUETTO FILM, ONE FOR THE ROAD,LES FILMS DU FLEUVE, MOBRA FILMS,TEOREMA All rights Reserved. 提供:ハーク

2023.1.19 UP

  • SHARE THIS ARTICLE
Waka Konohana
映画ジャーナリスト、セクシュアリティ・ジャーナリスト。⼿がけた取材にライアン・ゴズリング、ヒュー・ ジャックマン、ギレルモ・デル・トロ監督、アン・リー監督など多数。
セックス・ポジティブな社会を⽬指す「セクポジ・マガジン」ニュースレターを配信中。
newsletter instagram twitter Facebook

Read more

母の聖戦
年間約6万件(推定)の誘拐事件が発生するメキシコ。麻薬カルテルを含めた様々な犯罪組織が営利目的に一般の市民を誘拐している。だが、メキシコ当局は市民を助けようとしない上に、犯罪組織の人間もまた市民に紛れ込んでいるので被害者家族は誘拐犯の言いなりになるしかないという。この恐るべきメキシコの現状を描いた社会派映画『母の聖戦』が1月20日に公開される。本作で劇映画デビューしたテオドラ・アナ・ミハイ監督に制作の背景について話を聞いた。
あのこと
最近、欧米の女性監督による中絶を描いた作品が国際的な映画賞を受賞している。少し前までは中絶に迷う女性を描いた映画が多かったが、近年の中絶映画は「自分の身体については自分が決める」という女性の自己決定権を追求したものが多い。ノーベル賞作家アニー・エルノーの自伝小説を映画化した『あのこと』もその1本だ。本作を監督したオードレイ・ディヴァン氏に話を聞いた。
『ザ・メニュー』
ディナーコースに18万円も払ったことがあるだろうか。そんな高級レストランに行けるのはひと握りの富裕層だが、実は世界中で高級レストランは年々増えているという。ただいま公開中の映画『ザ・メニュー』は高級レストランのディナーコースを題材に、格差社会におけるフードポルノやサービス業従事者への差別を風刺したサスペンスだ。
暴力をめぐる対話
公開中の『暴力をめぐる対話』は「黄色いベスト運動」で起きた暴力の正当性を”議論”したドキュメンタリーだ。傷を負った市民や警察関係者、弁護士、社会学者、心理セラピストほか24名にデモの現場を映した数多の記録映像を見せて対話をさせながら、”正義”と呼ばれる国家の「暴力」を考究する・・・
セイント・フランシス
生理、妊娠、中絶、出産、産後鬱、女性が受ける様々なルッキズムやエイジズムなど、女性の一生をそのまま映し出した本作。今回、脚本・主演を務めたケリー・オサリヴァンさんに取材した内容をもとに、日本の「リプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の貧困」を紐解きます。
1640日の家族
最近、日本でも聞かれるようになった「里親制度」。とはいえ、里親制度についてよく知らない人も多いでしょう。今回紹介する映画『1640日の家族』(7月29日より公開)は、日本よりも柔軟な福祉が進んでいるフランスの里親制度を描き、「共育社会」や「共生社会」について考えさせられます。
わたしは最悪。
学生時代は成績優秀で、アート系の才能や文才もあるのに、「これしかない!」という決定的な道が見つからず、いまだ人生の脇役のような気分のユリヤ。そんな彼女にグラフィックノベル作家として成功した年上の恋人アクセルは、妻や母といったポジションをすすめてくる。ある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは、若くて魅力的なアイヴィンに出会う。新たな恋の勢いに乗って、ユリヤは今度こそ自分の人生の主役の座をつかもうとするのだが──。
ドンバス DONBASS
公開中の『ドンバスDONBASS』はベルリンに在住するウクライナ人監督のセルゲイ・ロズニツァ監督が東ウクライナに位置するドンバス地方に住む人々を描いた社会派リアリズム映画です。
キャスティング・ディレクター
現在のキャスティングを作った実在の女性マリオン・ドハティの半生を描いたドキュメンタリー『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』が4月2日(土)に公開されました。2012年にアメリカで公開された本作は、その後、映画芸術科学アカデミー(米アカデミー賞)や英国アカデミー賞にも影響を与えました。長年埋もれた存在であったキャスティング・ディレクターに光をあてた本作の見どころを紹介します。
クレッシェンド 音楽の架け橋
公開中のドイツ映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』は、イスラエル生まれのドロール・ザハヴィ監督が、実存のオーケストラに着想を得て制作したフィクション。パレスチナとイスラエル……敵対する民族の若い楽団員たちが、音楽を通じて心を通わせていく感動作です。