「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け

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Episode.02

デュポン社が社員をモルモットに実験し、 環境汚染を隠蔽した実話を映画化 『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な 映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。

12月17日に公開された『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』はマーク・ラファロが演じる実在の弁護士ロブ・ビロットが、ウェスト・バージニア州で数十年にわたり有害化学物質を投棄してきたデュポン社に立ち向かう、実話をもとにした重厚なリーガル・スリラーだ。 マーベル・シネマティック・ユニバースでブルース・バナー/ハルク役を演じるマーク・ラファロは実生活で環境活動家としても活躍しており、2016年にニューヨーク・タイムズ紙で掲載されたナサニエル・リッチによる記事を読み、映画化のプロジェクトを進行。これまで『エデンより彼方に』(2002)や『キャロル』(2015)などセクシュアリティやアイデンティティをテーマに映画を制作してきたトッド・ヘインズに監督を依頼したという。ヘインズ監督にとっては異色作だと思うかもしれないが、ヘインズ監督は過去にも『SAFE』や『ポイズン』で環境汚染というテーマを扱ってきたから適任だった。 妻・サラ役にアン・ハサウェイ、上司タープ役にティム・ロビンス、ベテラン弁護士ハリー役にビル・プルマンなどそうそうたる名優たちが脇を固めており、作品に深みを与えているのも見ものだ。通常のリーガル・ストーリーに留まらず、サスペンスフルに仕上がっているのは、秀逸な脚本や、汚染がにじみ出たかのような色調の映像も理由だろう。それでは、映画のみどころを紹介する。

デュポン社の恐るべき隠蔽体質

1998年、オハイオ州シンシナティの名門法律事務所、タフト・ステッティニアス&ホリスターで働いていた環境弁護士ロブ・ビロットは、化学企業のクライアントが有害物質に関する環境法を理解し遵守するためのサポートを行っていた。そんな彼のもとに見知らぬ農夫が訪ねて来る。彼の名はウィルバー・テナント。 バージニア州パーカーズバーグの牧畜業者だった。彼が持参したビデオカセットには鼻や口から血を流して死んだ牛や歯磨き粉のような白い粘液を垂らすひん死の牛が映っていた。テナントによると、デュポン社の化学工場が小川に流した泡だらけの排水を飲んだ、150頭以上の牛が死んだという。 化学企業を守る立場のビロットにとって、すぐには信じられない話だった。けれども、狂ったように動く犬や襲いかかる牛をこの目で見てテナントを信じ、協力をすることを約束する。そのうちに、牛の死因が化学物質パーフルオロオクダンスルホン酸(PFOA/C8)であることを突き止めるビロット。フライパンのテフロン加工の原料ともなっていたPFOA/C8は、デュポン社に数千億円もの利益をもたらしていた。そして、恐ろしい事実が次々と明らかになる。

社員をモルモットに実験をしていたデュポン社

テフロンは、1950年代にデュポン社の科学者が偶然発見したものである。デュポン社はその後数十年にわたって廃棄物を周辺の水域に投棄してきたが、同社はこれを隠蔽してきた。

しかも社員の間には「テフロン・インフルエンザ」という謎の病気が流行り、先天異常をもつ子どもを出産していた女性もいた。顔に奇形をもち産まれてきた子どもたちのひとり、ウィリアム・“バッキー”・ベイリーは本作に本人役で出演している。

恐るべきことに、デュポン社はこの事実を一般に公表しなかったばかりでなく、社員をモルモットにPFOA/C8の有害性を実験していたのだ。 そのうちに、ビロットはデュポン工場のあるパーカーズバーグ地域のC8濃度が、デュポン社の科学者が安全と考えるレベルの14倍に達しており、C8の粉塵が町を覆っていることを明らかにしていく。C8と様々ながん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎など多くの健康問題との関連性を発見したビロットは周辺住民7万人を代表して民事訴訟を起こす。 ビロットは膨大な資料を調べ上げてデュポン社の隠蔽を暴くが、同僚の弁護士たちは彼に反対する。彼らと議論を戦わせながら、戦略を練っていくビロットの弁護士としてのあり方は非常にリアルで心に迫る。

世界中に広がるフォーエバーケミカル

ビロットの訴訟のおかげで、2006年、米国環境保護庁が「PFOA(パーフルオロオクタン酸)自主削減プログラム」を発表し、世界の大手フッ素化学品メーカーに対して2015年までにPFOAや関連物質の全廃を求めた。

現在、デュポン社はPFOA/C8を撤廃しているが、この物質は決して分解されることなく、人間や動物に蓄積されていく「フォーエバーケミカル(永遠の化学物質)」と呼ばれる。 2019年5月、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)にて国際的にこの物質の廃絶に向けて取り組む合意が加盟国の間で結ばれて、2021年10月22日以降、PFOAは日本でも禁止になった。だが、すでに排出されたフォーエバーケミカルをどのように、除去できるのかーー。飲料水や土壌にすでに浸透しているものは、人間や動物の体内に取り込まれてしまう。実際に、2019年にテストした英国のスーパーマーケット9社のうち8社と全テイクアウトチェーン店のパッケージに、高濃度のPFOAが含まれていたそうだ。 ビロットは現在、米国に住むすべての人を代表して民事訴訟を起こし、米国のすべての人がC8をはじめとするフォーエバーケミカルにさらされていると主張している。これは現在進行中の人災なのではないだろうかーー。

トッド・ヘインズ監督ならではの女性の視点

デュポン社の隠蔽体質や、フォーエバーケミカルの恐ろしさとともに本作に盛り込まれているビロットの妻サラの視点も興味深い。家族よりも訴訟を優先し、ストレスで病んでいく夫への不安や心配を乗り越えて、サラは口論しながらも夫に協力していく。

実は、サラも元弁護士だったのに、当時のジェンダー規範のせいで専業主婦にならざるを得なかったのだ。こういったエピソードに、”社会的規範がエスタブリッシュメントを維持する”ことに映画を通して問題提起してきたヘインズ監督の手腕が光る。だから、この映画は古典的な法廷劇にない味わいがあるのだろう。 本作の主演のマーク・ラファロはこう語っている。 「最終的なメッセージは、僕らはお互いを必要としているということだと思うよ。僕たちのために何かをやってくれる人は、僕ら以外にいない。世界をよりよくしてくれる人は他にいない。僕たちが一緒になってやるしかないんだ。水に関するこの物語は、あらゆる政治的分断、イデオロギー、性別、人種、宗教を超えるものだ。きれいな水の重要性について、僕らは本質的に理解している。こうした大きな問題を、こういう形で描くことで、世界にポジティブな変化が生まれていくと思う」(プレス資料) フォーエバーケミカルの存在を知らせてくれる実録映画、庶民が巨大企業に立ち向かうサスペンス、ひとびとが団結するヒューマンドラマ、ストレスで手を震わせながら不屈の精神で闘う男の物語……様々な要素を持ち合わせる『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』をぜひ劇場で観てほしい。 『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』 12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー 配給・宣伝:キノフィルムズ © 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

2021.12.20 UP

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Waka Konohana
映画ジャーナリスト、セクシュアリティ・ジャーナリスト、⽶ACS 認定セックス・エデュケーター。⼿がけた取材にライアン・ゴズリング、ヒュー・ ジャックマン、ギレルモ・デル・トロ監督、アン・リー監督など多数。
主な連載にFRaU Web#みんなセックスレス #夫婦同姓の苦しみ など。欧⽶の映画製作にも携わる。
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